雑 記
------------------スペインRock/Popで思ったこと

Electra コンサート(2004/2/28)
CD屋さんのFnacで行われたElectraのコンサートにいった。
ElectraNostrashNatalia(ナタリア)とLa Habitacion Roja
Pau(パウ)のユニット。2002年のマキシは日本で買えたので
聞いたことがある人もいると思う。

今回はデビューとなるフルアルバム
"La nina de los siete corazones " (七つの心の女の子)
のお披露目的コンサート。

Nosotrashに比べ、ポップ度は低く、アコースティック色が強い。
曲は短くコンパクト。 そしてデリケートで壊れそうな、 ガラス細工の イメージがある。
Nosotrashでおなじみ、NataliaのやわらかいボーカルにPauの少し鋭角なギターが被る。
キーボードと、ベース兼、パーカッションのゲストが、曲に色を添えていく。

「私はまだ母親でないけれど、もう子供のいる友人もいる。
そして私ができるのは子守唄を歌うことだけ。」

"Nanas nuevas"(新しい子守唄)を歌う前のそんな言葉を聴いて、
ああ、Electraは、大人のための子守唄なのかな、と思った。
そして何故か、そのコンパクトさと子守歌の言葉から、 小さな額縁に入った
星や月の描かれた絵を何枚か小さな画廊で見ているような錯覚に襲われた。

美しいものと、普段の何気ないことの組み合わせ、
が彼らのテーマらしい。
とすれば、私の勝手な想像、小さな額縁の絵、というのも
あながち的外れではないだろう。

これは、場所の問題かもしれないけれど、ボーカルが多少弱いかな、とも思った。
しかし、いつものごとく、若い人も、おじいさんもおばあさんも
通りがかりの人も一緒くたになって聞く、Fnacのイベントホールは
やさしい雰囲気につつまれていたように思う。

"La nina de los siete corazones "視聴
(Escucha "La nina de los siete corazones"をクリック。)
Los Lunnis おやすみの歌(2004/2/27)
先週のEl Paisの別冊Tentacionesに載っていた
スペイン国内音楽売り上げベスト10の堂々第1位は
Los Lunnis(ロス ルニース)の"Vamos a la cama"(ベットに行こう)だった。

エッチな曲ではない。
子供向けの人形劇番組の中の曲だ。
夜の9時くらいにテレビをつけていると、
聞こえてくる。

おやすみなさい、また明日、
ベットに行こう........


なんとなく口ずさんでしまう歌だ。
先日、友達に歌ってあげたら、
「それって Drスランプの歌なんじゃないの?」
といわれた。
そうなのだ、あの、「ペンギン村から おはこんばんちは.....」に
結構似ている。

しかし、EL PAISの記事によれば
この1位は長く続かないらしい。
なぜなら、オペラシオン トリウンフォ出身の
David Bisval(ダビッド ビスバル)が今週1位に君臨し、
それは電池デュラセルのCMのウサギのように
延々とがんばるから、とのことだ。
Marlango(2004/2/25)

Subterfugerレーベルのホームページによると、
女優Leonor Watling率いるMarlangoのCDは3月に日本で発表されるそうだ。
そして、コンサートも日本で見られるらしい。

Marlangoのファーストアルバムがスペインで発表されたばかりだが、
期待は日本まで届いている。日本でも、近日中にこのアルバムが
発表される予定だ。
それは、来月3月で、アルバムの発売とともに、日のいづる国での
ツアーも予定されている。かの地でも、Leonor Watlingとそのバンドに
ひれふすことになりそうだ。

(Subterfugeの2/19ニュース欄より)


Marlango 日のいづる国へ

そんな言葉で書かれるあたり、日本ってまだまだスペインからは遠い国なのだな。

Vocal 万華鏡。(2004/2/19)

引き続き2002年のベニカッシムFIBのコンピレーションを聞いている。
2001年と2003年のものも持っているが、この2002年盤は、もりだくさんだ。

とにかく、ボーカルの声が各バンド、バラエティーに富んでいる。
聞いていてたのしい。
これを全て言葉にして説明できたらなあ、って思うけれどそれもできない。
ま、聞くしかないわけだ。

私の好きなボーカルの条件は、うまいこと、ではない。
まず声質、それとそれを楽器のようにうまく響かせることを知っていること。
いろんな歌い方をできること。
私には、レナードコーエンも、ジョニーサンダースも、トムヨークも
みんな同列にいいボーカルだと思える。

だから、この意味で、私はつんくに同意する。
人に馬鹿にされながらも一時期モーニング娘。を聞いていたのも
いろんな声質のオンパレードで、それをつんくが
いろいろに響かせようと心を砕いていたからだ。

POLARの素朴な声。
Urslaの嘆きの声。
Los Planetasの囁き声。
Me Enveneno de Azulesの甘い声。

人間の声っていろいろあるんだなあ、と感心する。
そして、それをいろいろに響かせることができるんだなあと、感心する。

Ursula 絶望の声。(2004/2/18)

"耳により、胸に突き刺さる音楽に出会うのは難しい"
2002年のベニカッシムFIBのコンピレーションの解説はこうだ。

このコンピ盤を夜中ベットの中でヘッドホーンで聞いていたのだ。

"4月14日,、僕は僕の恐れを捨てた...."

このフレーズから始まる歌に私は氷ついてしまった。
なんて、声なんだろう。絶望の声だ。全てを投げ出したような囁き声。
続く言葉はネガティブな言葉ばかりだ。ヘッドホーンで聞いているので逃げ場がない。
めちゃめちゃになる、とか 何にもない、とか、どうしようもないとか。

痛い。
決してハッピーエンドはこない物語が延々とつづられる。
以前読んだ原 銃三(名前が不確かだが)の自殺前の日記を思い出す。

この悲しいうたを誰に向かってうたっているんだろう。
自分だとしたら、あまりにも痛い。
救いがない。

しかし、"4月14日"と歌うだけで私を捕まえたDavid Cordero(ダビット コルデロ)
の声は凄い。ゆっくりとアコースティックギターやピアノが音を綴っていく中、
彼の声はふらふらと彷徨っている。
FnacによればNick Drake,、Smog, Arab Strab、Migala 、Nick Caveあたりが好きな
人にお勧めとのこと。

しかし......
今絶望している人は決して聞かないように。

----視聴----
上記の曲 El principio de mi posible fin (僕のありうる終わりの始まり)
が含まれるアルバムLa banda sonora de mi funeral(僕の葬式のサウンドトラック)は
残念ながら視聴できませんが、
セカンド、Todo vuelve a ser lo que no era(全てはかつて、そうでなかったことに戻る)
Fnacのページから視聴できます。

Foehnrecords

JUS T LIKE HONEY (2004/2/15)

映画 LOST IN TRASTLATIONを見に行った。
東京の風景に何故か、怖さを感じた。
音や、騒音のコラージュに、酔っ払ったような気分になる。
アメリカの作家、スティーヴン・エリクソンが日本に来たときも
ずっと酩酊を感じていた、と何かで読んだ。

最後に近いシーンでJESUS AND MARYCHAIN
"JUST LIKE HONEY"が かかった。
映画館の中で大音量で聴くとやっぱりこの歌はきもちいい。
発表当時は衝撃だった、というギターの壁も今聴くと普通に思える。
でも、気持ちよさは変わらないと思う。
ギターのノイズに身をまかせる心地よさ。
目をつぶって、体をゆらしたくなる。

スペインでこの手のバンド、ギターのかき鳴らしで
音の壁を作るようなグループといえば
Los PlanetasMercrominaあたりかな。
FnacのMercrominaのコンサートで、やはり
気持ちよく音の洪水に身をゆだねたのを覚えている。

映画のサントラの使い方にアメリカの監督ハルハートリーの映画に近いものを感じた。
だけど、サントラっていうのは、目立ってはいけない、空気のように
さりげなく、しかし、必要なものであるべき、とすれば
映画を見ている間に何回か曲に考えが集中してしまったのは
あまりよくないことなのかもしれない。
そんなことを考えつつ、はっぴいえんどの曲で映画館を出た。

Juniper Moon/笑顔で前進。(2004/2/12)

マドリッドでは朝、無料でくばられる新聞がある。
これの読者投稿欄を読むのが好きだ。
だいたいは、普段の暮らしの中での納得いかないことだったり、
逆によかったことだったする。
ところが先日変わった投稿があった。

「笑顔で。人生はまだ捨てたもんじゃない。」

生活していて、嫌なこと、落ち込むことがあっても
楽しいこと、気持ちいいことをかんがえるようにしよう、
笑ってみよう、簡単なことだ。要約するとこんな感じだ。

ちょっと、落ち込むこともあったので
この記事を読んだ時、ちょっといいな、と思った。

それから夜、エレファントレーベルのホームページから
ダウンロードした、Juniper Moon"Solo una sonrisa"(ただ、笑顔だけで)
のビデオを を見ていて、いっていることが似ているなあと 思った。
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もう前に進む時がきた
ハンドル握ぎる時、幸せになる事を知る時
それは私次第、決してあなたじゃなく

かつてないくらい、自分が確かに思える
今日は太陽が輝いて、首筋にあたってる
誰の策略にも落ちないよ
笑顔を見せよう

何にも役にたたないって気がついた
一日中だまされつつ生きるのは
何にも生み出さないって気がついた
一日中怒ったままでいるのは

少しも考える時間がなかった
たった2、3日前はみじめで無知だった
何もかもにいらいらしてた

もう前に進む時がきた
ハンドル握ぎる時、幸せになる事を知る時
それは私次第、決してあなたじゃなく


何にも役にたたないって気がついた
一日中だまされつつ生きるのは
何にも生み出さないって気がついた
一日中怒ったままでいるのは
何にも生み出さないって気がついた
こんな、とっちらかった頭じゃ
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ビデオの草原での演奏シーンでの
ボーカルのSandra(サンドラ)に、なんともいえない
意気込みみたいなのを感じる。
腕を上下に振って行進したくなるような曲調。

行進、ってことで、別の曲を思い出した。
それは「365歩のマーチ」

幸せは歩いてこない、だから歩いてゆくんだよ・・・・

何故か水前寺清子の顔とSandraの顔がダブる。
さて、私もマーチにあわせて笑顔で前進する時期かな。

Alaska アラスカと洋服(2004/2/11)

最近、買い物づいています。

先日地下鉄で、”Alaska”(彼女の伝記本)を持っている人を発見。
これは随分前に知り合いに借りたけれど、自分のスペイン語の能力の低さから
あまり内容を覚えていなかった本。
なので、買いたいなあと思っていたのだ。

彼はVIPS(少し高級なコンビニみたいなお店)の袋を持っていたので
きっとそこにあるに違いない、と踏んで、VIPSに行ってみた。
なんとなんと、以前15ユーロだった本が、今6ユーロ!!
迷わずレジに直行した。

”Alaska” Mario Vaquerizo(マリオ バケリソ)著
は、アラスカへのインタビューで全て構成されている。
今読んでいる、別のアラスカ本より読みやすい。
しかも写真が豊富。そしてこの本が面白いのは
アラスカのスタイル変更に伴って、フォントが変えられていること。
POP, GLAM, PUNK,GOTICO,Glamour,Acid, Electoric。

PUNK時代を拾い読みして思うのは、彼女にとって
洋服、というのが重要なファクターであった、ということ。

アラスカ自身がアルモドバル監督の映画に参加した理由も
"(監督の知人が)台本を読んで、監督に、15才で、ボム役をやるのに
ぴったりの服を持ってる女の子を知っている、と言った
"からだ。

Los Pegamoides(ロス ペガモイデス)からドラマーが抜けた時のエピソードは
"ある日彼は練習スタジオにやって来て、私たちに
みつばちマーヤの服でステージにでようなんていい出したの。
これがある意味決定打だった......"

Los PegamoidesにAnaやギタリストとして参加したかった
Eduardo(エドゥワルド)がドラマーで加入した理由の半分は彼らが彼女にとって、
いかした格好をしていたからだ。

アラスカはロンドンに旅行しては、最新の流行を取り入れていた。
服は彼女の自己表現の大きな要素だったんだろう。

 

La Casa Azul "Superguay" (ラ カサ アスル「スーペルグアイ」)(2004/2/10)
mondosonoro
La Casa Azul "Superguay" (ラ カサ アスル「スーペルグアイ」)
のビデオがHPで見られることを知り、早速見てみた。
http://www.elefant.com/video.htm


La Casa Azul
は以前から好きなバンドのひとつで、
Los Flechazosと並んで、スペインに来る口実のひとつだったけれど
最近、もうElefanレーベルは少しあきたかな、と新しいアルバムも買っていなかった。
いや、買いたくて、何度も店で手にとったけれど、10ユーロを超える買い物は
いったん考える癖がついた今、なかなか買うに至らなかった。


スーペルグアイ、すごくいけてる、とでも訳すのか。
ビデオを見て衝撃を受けた。
まさにスーペルグアイだ。

まるでハイジのオープニングのような始まり。
(スペインでもハイジを放送したから??)
音がポップなのはわかっていたけれど
見た目、スペイン人であってこんなポップとは!
バービーのようなClara(クララ)が目を引く。
こうなるとVirginia(ヴィルヒニア)がハイジに見える。


一枚目のミニアルバムは発泡性、シュワシュワのポップという
タイトルだったけれど、まさにそれ。
しかもメンバーはカラフルな風船のなかで跳ねている。
若くなくちゃできないよなあ。


いや、やっぱ彼らは凄かった。
あまりのまっすぐなパワーにやられてしまった。
明日、アルバム買います。
Lou Anne ライブ(2004/2/7)
久々ライブに行ってきた。Lou Anneのライブだ。
ほんとは先日、Buena Vida に行くつもりだったけど
友人が作ってくれるという鯛めしの誘惑に負けて、行けなかった。
なので今日はなんとしても行くつもりだった。

場所はClamores(クラモーレス)、よくJazzなどをやるライブハウス。
10時開演だったけれど10時30分に到着。
しかし、まだ始まっていない。相変わらずのスペイン時間だなあ、と納得。
まもなく演奏が開始。

いつも思うのだけど、日本のコンサートってのは、みんな
かぶりついてみている。
でもスペインの場合、BGMにしか考えてないような人もいっぱいいる。
現に私の後ろのお姉さんは音楽に負けないくらいの
大声を張り上げて話続けている。

始まってしばらく、少しあれっという感じ。
CDでは、緻密な世界を作り上げているように
思えていたので、演奏を荒く感じる。ギターの
音が想像していたよりしょぼいか??

しかし、2、3曲聴くうちに、そんな思いも解消、
次第に曲に没頭していく。
ポップでキャッチーな曲を立て続けに演奏、
観客も自然とリズムを取っている。

そして、即興のような掛け合いが始まった。
静かな波のように、よせて返す音の洪水。
彼らのいいところはこれが長すぎないことだろうな。
少し短めか?っていうところで終わる。

次に「短い曲やります。」といってやった曲は
ほんとに短かった。パンクでは短い曲っていうのは
当たり前だけれど、彼らの場合少し、ビックリする。
しかし、これが新鮮だった。

彼らは微妙にバランスがいいな、と思う。
ギターの彼のボーカルと、キーボードの
彼女のボーカル。コンパクトさと、延々と続く音の群れ。
長いものと短いもの。ポップさと、それに反するもの。

最後の曲で1つ発見。このボーカルの声は結構いい。
ささやくような歌い方ではわからなかったが、
楽器として、人を捕らえるとてもいい声を持っている。
もっとこの歌い方をしてもいいのにな、と思う。
いや、いろんな歌い方ができるってのは武器だな。

1時間くらいで演奏終了。
物足りない。アンコールで3曲ほど演奏し全て終了。

ものすごくあっけない感じもした。
すごくさっぱりとした、ドライな感じ。
しかし、親しみのあるライブだったように思う。

難をいえば、CD以上の何かマジック、魔法、
みたいのがあればいいな、と思っていたけれどそれはなかった。

どうでもいいことだけど
ベースのJaime ハイメ、あんなベースの弾き方とは思わなかった。
横にゆれるその弾き方は
はとやのCMを思い出させた。
えんやーとっと 
えんやーとっと。
ベースが魚に見えそうだった。
Alaska、"Murciana" (アラスカ、ムルシアナ)(2004/2/4)

アラスカの本を読んでいて、アルモドバルの映画、
"Pepi , Luci, Bom y otras chicas del monton"
(ペピ、ルーシー、ボムとその他大勢の女の子たち)の
コンサートシーンの歌 "Murciana" (ムルシアナ、ムルシア出身の女性)
の歌詞が出てきた。

このシーンは、はすっぱなアラスカがかっこよくて何度もみているが、
実は歌詞が全部聞き取れていたわけではなかった。
この曲は、初期のLos Pegamoides(ロス ペガモイデス)の作った曲に
アルモドバルによる歌詞がつけられている。
ボムが、同性愛の相手、ムルシア出身のルーシーに向けて歌う、という設定。

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あんたが好き、だって汚いから
薄汚い奴、売春婦、悪趣味
ムルシアで一番やらしい女
で、あたしのいいなり
あんたのことだけ考えてる
ムルシアナ
だって、あんたは
めす豚!

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さすが、ませていたアラスカとはいえ、当時15才くらい、
この歌詞を含めアルモドバルの映画の性的モチーフに
かなり抵抗を感じていたらしい。

にしても、それを感じさせない
そのどうどうたる演技はやっぱりすごいと思う。

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